(四年生・秋) 

食満留三郎に対する文次郎の第一印象は酷く薄い物だった。 
食満はよく伊作と一緒に居たが、伊作が文次郎達―文次郎と仙蔵、長次と小平太そして伊作はクラスも委員
会もばらばらであったが、何と無く気が合い、連む事が多かった―の方にやって来ると、すっ、と自然な動
作でどこかに行ってしまう。 
伊作と同室であると言う話を聞いてはいたが、食満がどのような人物であるのか伊作の口からは殆ど語られ
た事が無く、特に座学や実技に長けている訳でも劣っているでも無い、余り目立たない生徒であったので、
文次郎は食満について殆ど何も知らないと言って良い。 


その日文次郎と仙蔵は食堂で昼飯を掻き込んでいた。いや、掻き込んでいるという表現が正しいのは文次郎
のみで、仙蔵は美しい箸使いで焼き魚をほぐし、口に運んでいる。見事に骨しか残っていない。 
「伊作」 
「あ、仙蔵。文次郎も」 
食堂の入り口には伊作と食満が居る。 
手を上げる仙蔵に、伊作が定食を持って小走りで近づいて来る。危ない気がする。 
「あ、」 
案の定、伊作はよろけた。あいつのは不運と言うより不注意ではないのか、文次郎は思わず耳を塞いだが、
覚悟した食器をぶちまける音はいつまでたってもならない。 
食満が伊作を抱き止めていた。 
「留ちゃんありがとう」 
ふにゃふにゃ笑う伊作にため息をつきつつ、文次郎は二人のお膳を見やる。 
伊作の味噌汁は少し零れていたが、食満の膳には乱れは全くない。 
文次郎は違和感を覚えた。食満は前のめりに倒れ掛かった伊作の腰辺りを片手で掴み引き寄せ、自分の身体
で受け止めた。伊作の体重に勢いが加わり、衝撃は少なく無かった筈である。 
(味噌汁一つ溢していない。こいつ、今迄意識したことは無かったが、実技はなかなか出来るんじゃないか) 

伊作は「うわ〜びっくりした」と言いながら仙蔵の隣、そして文次郎の向かいである位置にお膳を置いた。 
食満は少し離れたところでもう味噌汁に箸を付けている。 
文次郎は食満を観察してみた。 
上背は有るが、全体的に華奢で小作りな印象で、力が特別強い様には見えない。 
(となると、力の流れを上手く利用したのか。柔術の心得が有るやも知れん。) 
負けず嫌いな性格が疼き出して、手合わせしてみたいと文次郎は思った。 

ふと視線に気付いたのか、食満が顔を上げた。 

(あ、よく見ると顔整ってんのな) 
白く滑らかな卵形の顔にすっとした鼻、薄い唇、かたちの良い眉が載っている。目付きが悪いのが玉に傷で
あるが、その吊った瞳が人形めいた容貌に人間味を加えて絶妙なバランスを作り出している。 
広く女に好かれるのは伊作の様な優男であるが、食満の顔も、その様なのが好きな女には堪らない物が有り
そうだ。 

「文次郎、なんで僕の留ちゃんに熱視線送ってるのさ。」 
唇を尖らせた伊作が箸の頭で文次郎の肩を突いた。行儀が酷く悪い。 
「いや、あいつ成績どんなもんかと。っていうか何だよその所有宣言は。」 
嫌そうに顔を歪めた文次郎に一瞥を投げ、伊作は箸をくるくる回す。 
「留ちゃんの成績、普通だよ。座学が実技よりちょっと悪い。」 
まあ、僕より好成績だけど。と付け加えた伊作に仙蔵が、当たり前だ、お前より成績が悪くちゃ堪らなかろ
う。
と混ぜっ返す。 

(普通、ねえ) 

文次郎は、酷いよと仙蔵に抗議している伊作を眺めていた。 

「伊作、今日もこの後薬草園か」 
不意に後ろから声がして、文次郎は内心驚いた。驚いたが、動揺は意地で外に出さなかった。 
食満が文次郎の背後に立っている。 
思ったよりも低くない、良く通る声だった。 

「あ、うん。水遣りと、そろそろ収穫時のも有るし。」 
何、手伝ってくれるの。と伊作が聞くと、文次郎の背後で頷く気配がした。 
「じゃあ食べちゃうからちょっと待ってて。一緒行こ。」 
伊作が口をもごもごと動かしながら言うと、食満は文次郎の横に座り、肘をついて伊作の食事を見始めた。 

「潮江、悪いがそっちの急須を取ってくれないか」 
食満が傷だらけだが白い手を差し出した。ぼんやりと食満を見ていた文次郎は動揺を飲み込むのに先程と違
い失敗した。 
「お前、名前」 
急須を差し出し、文次郎はもそもそと喋る。 
「い組の潮江文次郎と立花仙蔵だろ。ああ、俺はは組の食満留三郎。伊作の同室。伊作から話は良く聞いて
いる。」 
食満は受け取った急須で湯呑に茶を注ぎ、伊作に手渡してやっている。 
それに、と食満は文次郎に向き直って口の端を持ち上げた。 
「お前達は目立つ」 




文次郎は用事の無い放課後は自主練をする。 
今日も裏裏山に一人で来ていたのだが、文次郎は自主練を中断して、木に凭れてため息をついていた。 
(手、捻った。) 
木から飛び降りた時、着地予定地を猫が通り掛かった。踏んでしまう訳にもいかず、無理に手を着いたら手
首に嫌な感触が走ったのだ。 
大した怪我では無いのだが、変に捻挫癖が着くと困る。 
(伊作は薬草園に居ると言っていたか) 
校医に見せる程では無いと判断した文次郎は、医療の心得がある友人を思い浮かべた。 


薬草園には二人の人影がある。食満と伊作である。二人は耳元で何かを囁き合い、顔を見合せてくすくすと
笑っている。 
ごく自然な動作ではあったが、他の人間が入り込む余地の無い親密な空気に、文次郎は声をかけるのを躊躇
った。 
ふと、食満が伊作の耳元へ寄せていた唇を、そのまま首筋に当てた。伊作は可笑しそうに肩を揺らして廻し
た手で食満の背中をなぞる。 
文次郎は硬直した。本能はがんがんと警告音を鳴らし、立ち去るべきだ言ってくるが、足が竦んだように動
かない。視線が離れない。 
ふ、と伊作が顔を上げた。文次郎はぎょっとして目を見張る。 
伊作は文次郎と数秒見つめ合った後、その存在なぞ気付かなったように視線を逸らして、食満の背を掻き抱
く。 
二人は、明るい日の下で口を吸い合っていた。 



文次郎は自分の部屋の襖を後ろ手で閉め、そのままずるずると座り込む。全速力で走って来たので息が切れ
た。 
幸い同室の仙蔵は留守で、必死の形相で駆け込んで来たあげく、みっともなく肩で息をしているのは見られ
ずに済んだ。 
(あいつら、男同士で、口吸って) 
昼間の伊作の「僕の留ちゃん」と言う言葉が、文次郎の頭の中でぐるりと廻る。あれは、冗談では無かった
のか。 

忍術学園での色の授業は三年次から始まる。 
初めは男女の性の違いや、子供の出来る仕組み等を習い、徐々に性技や房中で話を聞き出すコツなどの忍と
しての技能の話に移って行く。 
先日、四年生は街に出て妓を買う実習をした。文次郎も例外ではなく、妓を抱いた。 
その時の、妓の唇のぬめりとした感触を思い出してしまい、文次郎は頭を降った。 
(寝ているのか。食満と、伊作は) 
授業で、口述ではあるが男同士の房事についても習ったので、その様な趣向があるのは文次郎も知っている。 
男ばかりの学園だ。誰々先輩と誰々先輩は出来ている、等という噂もまことしやかに囁かれたりもする。 
しかし、自分の身近に、本当にそうな人間が居たと言うのに文次郎は衝撃を受けた。 
(う、わ) 
うっかりと食満に押し倒されている伊作を想像してしまい、文次郎は前髪をぐしゃりと掻き上げる。 
すると、捻った手首は熱を持ってずきずきと痛むのであった。 





――――――――――――――― 
どう見ても食満伊です。 
文次郎が素で伊作が受けだと思ってるのは、 
伊作→女々しい→女役 
という思考回路。