「ねぇ、聞多。」



親友が自分の昔の名前を呼んだ。

彼は昔の呼び名と今の名前とをうまく使い分ける。

(自分は未だに公式の場で「俊輔」などと呼んでしまったりするのだが)



「なんだよ。」

「ちょっと思ったんだけどね、」

俊輔は俺から視線を外し、人差し指を軽く口角の辺りにのせ、小首を傾げた。

醜男と言っていいような顔のくせに、こういう時の俊輔はドキリとする程かわいらしい。

「木戸さん・・・・・・桂さんはロマンチストに見えて、実はリアリストなんだよね。」

小さく、歌うように伊藤が呟いた言葉に、今度は井上が首を傾げた。



「どうしたんだよ、急に」

俊輔は俺と目が合うと、笑った。



「桂さんさ、死ぬ前に『長州に帰りたい』って、ずっと、言ってたじゃん。」

木戸さんは十日前に亡くなった。俊輔は泣かなかった。

「僕はね、それは桂さんがロマンチストだからだと思ってたんだ。

でもねー、違ったんだよね。」



俊輔の目は笑っていなかった。

それは、古くからの付き合いの自分ですらわかるかわからないかの、

ぎりぎりの瞳の色 で。



「桂さんは理想ばっかり見て、現実が見えてないんだと思ってた。でも違ったんだ。

桂さんには現実が嫌というほど見えてたんだ。だから現実から逃げようとしてたんだ。」

俊輔は続ける。



「そして、桂さんをそこまで追い詰めたのは」









「大久保さん」





「俊輔・・・・」



「大久保さんが木戸さんを殺した。」



わからない、わからない。俊輔が何をいいたいのかわからない。



「お前、なんで大久保さんに付いた?」

絞り出した俺の声は掠れていて。

俊輔は一瞬驚いた顔をした後、さも当たり前のように、上に行きたいからと言った。



「僕は桂さんを踏み台にして此処まで来たんだ。」



俊輔は笑顔。



「大久保さんを踏み台にするのに、ためらうことなんてあると思う?」



「俊輔・・・・」

「僕は、大久保さんに利用価値が無くなったら、殺すよ。それが桂さんへの餞。」



ああ、そうだ。瓦解前、俊輔は桂さんに嫉妬していたんだ。

俊輔は、晋作のことが・・・・



俊輔の指先が俺の頬に触れる。



「そんな顔しないで、馨。

大丈夫。僕は、他のどんな人を裏切っても、馨だけは裏切らないよ。」



俺は顔の傷をなぞる俊輔の手を取って、ひきよせた。



「違うんだ。そうじゃないんだ、俊輔・・・・」



「やだ、聞多。なんだよ〜急に・・・・」



抱き絞めた俊輔の体が急に頼りない気がして、俺は手に力を込めた。









ブログに上げた小説。




高杉を失って、少しずつ狂っていく伊藤と、

それに気付きながらも、どうすることもできない聞多。



明治長州閥は全員高杉さんのことを引きずってると思います。

とくに木戸さん、伊藤、山県、井上辺りが。

ちなみに、この俊輔と聞多は友情です。愛情より深い友情です。



ただ、桂さんがロマンチストだっという話をやりたかったんです。