途方に暮れた

「お前のせいじゃ」
品川は、顔を赤くしてそれを執拗に唱えたが、山縣もまた、同じくらいに頭を熱くして返した。
「違う、俺のせいで、ない」
言われるたびに、否定はする。しなければならなかった。半ば、肯定してしまいたいと考えていたために、何度でも、かたくなに頭を横へふらねばならない。そうだと飲み込んでしまえば、許しは、得られるのだ。許されるわけにはいかない。
であるため、倣岸におもてを上げて、責め立てる言葉をそれきり無視し、外へ出た。
「おや、山縣君、大変だったようだねぇ」
伊藤の笑いが目に入る。けして、己が盲従する人間には見せない表情だ。あざけりの顔だ。いつにも増して、憎かった。
「何か用か」
「いいや、何にも。ただ、きみがいかな顔しているか興味があったから、わざわざ来たのさ」
「ご苦労なことだ」
吐き棄てて大股で通り過ぎようとした、袖をつかまれた。よくも、これほど愉快さの欠片も見受けられない笑みを浮かべられるものだと思う。
「やじも、整理がつかないだけだよ。許してやっちゃあどうだい」
「許すも何も、事実だ」
「だろうねえ、きみ、己が悪いと思っている。だろう」
目をきつく細め、見下ろしてやると、伊藤のくつくつ咽を鳴らす声が空虚に響いた。わざわざ、尋ねるまでも無く、伊藤はそれくらいのことは、確信しているのに違いないのだ。
時山は、死んだ。普通にとらえれば、運が悪かった末の討ち死にだ。戦場において、誰も文句は言えまい。
それでもなお山縣は後悔をしていた。さかのぼって、選び得た無数の選択肢の中から、よりによって今にいたる道筋を通って来たことを、悔やんでいた。いくら自責が無駄であろうと、考えはそちらへ向く。
だからこそ、口では、否定し続ける。
「強情だ。あまのじゃくだ。楽しいのかい山縣君。そうして自分の心に背いて行くと、最後はどうなるんだろうねぇ。すべてわからなくなって、無くしてしまうのでないかい。僕のように、己のみに忠実になったら楽だろう」
「軽薄だ」
「そうさ僕は軽薄だ」
伊藤の目が鋭くなった。対照的に、口調はどこまでも軽く明るく、それこそ何よりも軽薄に回りだす。
「軽薄という言葉の意味がきみの思う通りなら、僕は、軽薄だ。僕は、軽薄で、あり、つづける。ずっと、ずっとだよ。死ぬまでだ。死んだんだ。高杉さんは。だから僕は泣いた。号泣した、僕の身体は僕のこころに従順だからね」
話してゆくうちに、研磨されてゆくかの如く、ひとことひとことが鋭くなっていった。
「嘘を吐くときもあるさ。ひとを裏切る、だます。けれど、僕は肝心なところでは、僕を、自分だけは裏切りはしない。泣くし笑うし、怒る、そうして僕の在りたいところへ向かう。一生かけて。だから、きみのことは、心底腹が立つよ。あからさまに憂鬱な顔をしておいて、なぜ悲しもうとしない。高杉さんのときも、今も」
あと二歩も行けば声の荒立つところまでになり、そうして、ずっと、笑顔のままだった。それが逆に、空恐ろしさを山縣に与えた。
伊藤は、大きく息を吸い、吐いた。するともう、落ち着いていた。
「僕は、きみが時山の首の前で、我を忘れているところを、見たくてたまらなかったよ」
思い返す。肩から下のない時山の姿を見て、体の芯が燃え立つような、言いようの無い感情のたかぶりが訪れた。同時に頭のすみで、何かがしおれて死んでしまった。前者は一過性のもので、後者が永遠に続くものである。熱が冷めたあとは、ただひたすらに、ひからびたこころのひとつを探している。
取り戻せないというのに。
「そうか」
しかし圧倒され、口にできたのは、それだけだった。
高杉のときは、どうだっただろうか。死に目に逢えず、虫の知らせなぞもなく、知らぬうちにおこった永久の別れだった。知らせの来た時、そうだ、やはり、彼に殉じるかのように、心中、取り戻せない欠落が生じた。これ以上、先へ進むことなどできないように思える、戸惑いの名は。
「お前は、途方に暮れた時、何をする」
「何それ禅問答かい」
「いや」
顔色を変えない山縣に、伊藤はつまらなそうな、それでも笑顔で、それが当然で唯一であるかのように、答えた。
「進むに決まっているじゃあないか。立ち止まったりはしないさ。僕はきみのように、ばかでないからね」
それは、彼らと己の違いだ。
伊藤や品川やの、怒りに似た悲しみは、なんとしてでも進もうとするやり方なのだろう。立ち止まろうとしない。だが、自分は動けない。どちらが道なのか、わからなくては足が出ない。呆然と霧が晴れることを願いながら、その場所から去ってしまった、彼らの背を見て思うのだ。
羨ましい。
しかし、それを口にすることなぞ、もちろん一生したくはない。今度こそ伊藤からはなれ、これ以上追求される前に、馬車へと乗った。すぐ出すように御者へ告げる。すぐに加速はつく。伊藤もこうなれば、追うような無粋な真似をすることは、ない。
目を閉じる。速さの風は顔に感じるが、全く己は、いつから動けていないものか。
山縣はそれこそ、途方に暮れた。









「STA」様の所で、アンケ答えたら、こんな素敵なものもらったよばざあああああい(落ち着け


フジヤ様の書かれる山県は自虐的でかわいそう(誉め言葉)で大好きです。
というかフジヤ様の文章が大好きです(ジュルリ)

大木戸サイトなのに、いっつも山県山県うるさくてすみません・・・
ほんっっっとーにありがとうございましたあああ!!!!(落ち着けって