「おいでやす。お待ちしとうりましたんどすえ。」

山県が案内をされて客間へ通されると、西園寺はゆるい笑みを浮かべて出迎えた。

「お時間をとって頂いて申し訳ない。」
膝を折って山県は頭を下げる。
畏まらんと楽にしとくれやす、付け加えて西園寺は山県を促す。

話とはなんや、山県。

西園寺好みの品のいい京風の茶室に座しながら、
山県は茶を運んできた女中が出て行くのを横目で追った。
込み入ったお話になりますので御前、どうかこれ以上誰も近づかないようにお人払いを、
聞き取れぬほど陰気な声で話す山県に、家人には既に言い含めてあるから心配ないと西園寺は告げる。
山県がわざわざ一人で家を尋ねてきたのだ、愉快な話は期待できまい。
西園寺は内心冷え切った目線で、形だけは恭しい態度をとってくる山県を見つめた。


おもむろに骨張った手のひらを懐に入れて、山県は何通かの書簡を取り出す。

「これが--------何だか分かりますかな?」

指し示された、書簡。


西園寺の顔が、書簡を目にしてからたちまち強ばっていった。
眠たそうな瞳が、この上ないほど見開かれてゆく。


見間違えるはずがない、字だった。




中江の、


「下らぬ男と縁はまだ切れていなかったようですね。」

「御前がお若い頃は、若さ故の一時の過ちだと目を瞑ってはいましたが、
---------いい加減ご自分のお立場を自覚していただきたい。もう、子供ではないのですから。」

ぞっとするような眼孔で山県は西園寺を睨め付ける。
指が滑る。
音を立て西園寺の目の前で、書簡は真っ二つに裂かれてゆく。

「やめてんか、」

裂かれてゆく書簡から目線を外せないまま、西園寺は呟きながら腰を浮かした。

「それは、こちに宛てられた手紙や」

「やめ、」

二通目。

忌々しさを込めてか、山県は今度は二つに裂いた手紙を重ねてさらに細かく千切っていった。
紙吹雪がひらひらと宙を舞う。
彼はうっそりと笑った。

いつもいつも人を喰った態度で己を傍観する西園寺でも、見てみろ。こんな顔をするのだ。

「山県」

白磁のように色を無くした無表情のまま西園寺は言った。

「はじめてや、ないな?」


「こち宛の手紙を一体今まで何通検閲かけてこちに渡さんかった?」

「御前、繰り返し申しあげましたが、危険思想の言とはお付き合いを断たれてください。
あやつは臣民の大義を乱す者です。国家の逆賊です。
自ら不敬罪へ飛び込んでゆくような野卑な人間に、」

「質問に答えよし、山県」

乾いた、

「それと・・・中江を愚弄するんはこちが許さへん。
仮初めの大義と無心に向き合おうて戦こうとる。
アンタとは器のでかさが違うんや。・・・よう覚えとき。」

恐ろしく乾いた声で西園寺は零す。

「同族嫌悪、やないな。悔しいのやろ。
同じ足軽の出でありながら、金にも権力にも依存せん人間が存在すること自体が。」

何とでも言え。

くっと山県は喉の奥を鳴らす。

鼻持ちならない目の前の公家を支配する感情は怒りだろうか。
怒ればいい。己に両腕を伸ばして感情の赴くまま掴みかかればいい。

西園寺にはできるまい。

決して出来ないだろう。

西園寺には踏みつけられたことも、地の底からはい上がりたいと地獄の罪人のように哀願したことも、
人を蹴落としてまで事を成し遂げたこともないのだから。


創りあげたいものも、

しがみついていたいものも、

力ずくで壊したいものも、





証拠に-----------------------だ、



ほうら、貴方の支えを目の前で引き裂かれた今だって、貴方は何もできずに立ち竦んでいるじゃあないか。




******** 

   


「卑怯者」
 己宛ての手紙を破られてなお、西園寺ができたのは、とどのつまり、山縣を糾弾することだけだった。
「誇りも、情もない。欲と保身ばかりや。己は安全なところにあって、ひとに手をくださせて」
「上に立つ者は己で動く必要なぞありません。御前、あなたも同じだ」
 西園寺は嫌悪に満ちた薄笑いを見せた。
「こちは、こんな地位や欲しゅうなかった」
 腹が立った。山縣が渇望してやまなかったものを、生まれながらに手にしておいて、よく言えたものだ。
「どうせなら、何も持たへん生まれやったら、よかった」
 何かが、切れた。片腕で西園寺の顎を、もう片方で腕を握り、壁へ叩きつけた。
持たない人間の、反吐の出るほどのあがきも知らぬくせにして、よく抜け抜けと言えたものだ。
山縣の怒りを受けながら、彼はそれでもひるまずこちらを睨み返す。
「やめい、山縣」
「生意気なことを仰る」
 こうなっても崩れない西園寺が癇にさわった。
誰のたすけも得られない状況に己が陥ることを考えもしないのだろう。いかにしてくれようか。
 ふと、性質の悪い手段を思いついた。
嘲るよう鼻で笑い、襟元の合わせへ手を滑らせる。西園寺が意図を悟り、抵抗をはじめようとした。
 みぞおちへ力任せに拳を入れる。苦しげにのたうちながらも険しい顔を作っている。
しかし、眼の奥に、一瞬恐怖がひらめいたのを見た。続けて二発、三発と胴を殴る。
鍛えられたことの無い体は、痩せているくせ妙に柔らかい。
いかに受け身を取るかも知らないため、まともに喰らえば痛みに動くこともできまい。
 うずくまる身体を畳へ引き倒し、深草色をした縮緬の和服を脱がせた。解いた襦袢の帯で、両腕を頭の上に縛る。
 上段から構えた怒りを吐く口には、脱がせた服を咥えさせた。動く脚は押さえつけ、開き、血の流れるままに犯す。
その間、息はあがっていたが昂ぶるはずも無く、畏縮した身体は、そのうち考えることを諦めたよう、ぐったりと成すがままになった。
薄く開かれている目は乾き、焦点も合わさずに、ただ虚空を見ていた。
 抗うのが無駄と知っている。妙に悟ったような、実質投げやりなだけの男に、また、いら立った。
 噛み痕をつけ、爪を肉へ食い込ませ、おそれを肌の下へと植え付ける。
見下ろす生白い肌には、山縣の破り捨てた紙切れの一片が張り付いていた。
 
 山縣が乱れた姿を整え終わってもなお、西園寺はうつろな目で、横向きに倒れたままでいた。
袖を通しただけの薄い萌黄の襦袢は、ところどころ赤黒く染まっている。
 よくよく見ると指先は、もはや意味を成さない和紙の切れ端を撫でていた。
そして耳に届く。中江、と。音になるかならないかのかすれた声で、その男の名を呼んだのだった。
 つまらない。
 この男は結局、思想へと傾倒してすらいない。ただ、陳腐な色恋に支配されただけではないか。
ようやく劣等感より軽蔑に変わった己の感情に、山縣は自覚の無いながら確かに安堵しつつ、その場を去った。
 






持つ者と持たぬ者












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事の始まりは管理人が『中江兆民と山県有朋』という本を読んでアホい妄想に走ったところから始まります。

中江が政府にいった公望に情報を催促するんだけど、手紙の返事がこないから
ガタに口止めされてるんだろうな〜ってぼやくところがあって、

中江絡みでガタが公望に口止めかぁ・・・・・・萌えるわ・・・・。

山県×公望いけるんじゃね?

と思って戯れに書いてみたら

STAのフジヤ様がのってくださいました。

と、いうことで、↑の話の

前半は涼が、後半はフジヤさんが

創作しております☆

公望を書かせたら右にでるものなしなフジヤさんです。お話後半戦のクオリティの高さは本気でお墨付きです。萌える・・・!!











「最後の青」の涼さま宅から攫ってきました。「STA」のフジヤさまと涼さまの合作です。
私の後押し(と、いう名の奇行と脅迫)によって完成したんですよ。えっへん。(図に乗るな。)


うちにこんな鬼畜山県が嫁入りして来るなんて思いもしませんでしたよやほーい。
わたし、ガタ攻めも大すきですのよ。ハアハア
公望もデラ可愛いし、どうしてくれよう。
中江に片思いのモチはかわいい。
松田公望が、好きです。

涼さま、フジヤさま、ほんっっとにありがとうございます!あいしてま(キモイ