食満は潮江に腕を引かれ歩いている。周りは背の高い草に囲まれ、むわ、と漂う草いきれに頭がくらくらとした。食満が眼を細めると、草の緑と制服の緑とが交ざって輪郭が曖昧になり、潮江を見失ってしまったようで心細い。
食満は自分のその思考を笑った。見失うも何も食満の左腕は、骨が悲鳴を上げるかと思う程に強く、潮江に掴まれているのだ。
「潮江…しおえっ、おい、文次郎」
肩で笑った振動が届いたのか、潮江はさらに食満の腕を締め上げた。みしみしと骨に嫌な感じが伝わり食満は非難の声を上げたが、潮江がそれを顧みた様子はない。
「いい加減、腕が痛い。痣になっているだろうよ」
「そうか」
潮江はようやっと立ち止まった。しかし、相も変わらず腕を離そうとはしない。二人の身長程もある草が周りを覆い、まるでこの世に二人ぼっちの様な心持ちに食満はなる。
不意に腕を引かれ、食満は潮江の胸に抱き込まれた。草いきれに混じってむせかえるような潮江の体臭を食満は嗅いだ。甘酸っぱいそれを、食満は胸いっぱい吸い込む。それだけで食満の心の蔵は鷲掴まれた様にきゅう、と痛み、じわりと熱くなる。
他の何が気に食わなかろうと、食満は潮江の匂いだけは好きであった。汗の混じりの男の匂いに包まれると、食満の体は本人の意志とは関係なく綻びだす。
食満は潤んだ瞳を隠す様に瞼を閉じた。同時に、そうすることで潮江の体臭をより深く感じ取ることになる。そして、むせかえるような草いきれと潮江の匂いに息苦しさを感じて食満が唇を薄く開くと、それを了と取ったのか(そしてそれは確かに了の合図であった)潮江は食満の唇に吸い付いた。
技巧も糞も無い、貪るような潮江の舌に、食満は口から喰われてしまうような錯覚を受ける。するりと潮江の手が腰に周り突き出た骨の辺りをしつこく撫でると食満はぶるりと震える。
先日、犬を撫でていたら犬が震えた。寒いのかと首を傾げたら、横にいた生物委員の竹谷が笑って「食満先輩、犬は嬉しいと体を震わせて心を落ち着けるんですよ」と教えてくれた。
今、食満は潮江に撫でられて体を震わしている。しかし食満は犬ではないので、心が落ち着くどころか、さらに昂ぶるのみだ。
唇を離すと、潮江は荒々しく上着を脱いだ。そしてそれを食満に投げて、上に座る様に言った。食満はそれが潮江なりに気を遣った結果だと知っているので、おとなしく従った(潮江の優しさは分かりづらいのだ)。
踏み荒らされた草の上に着物を広げて座ると、上等な布団の様に柔らかい。食満はその天然の褥がなかなか気に入った。長屋の煎餅布団より具合が良さそうだ。
潮江は食満を抱き込む様にして横に座り、食満の袴の脇に手を入れて下帯越しに陰茎をゆるゆると撫でた。くん、と食満は喉を鳴らして、自分も潮江の股間に手を伸ばした。
少しぎこちなく紐を解いて袴をずらし緩めた下帯の脇から陰茎を引きずり出すと、それはびくびくと食満の掌で跳ねる。食満は顔を綻ばして、亀頭をいいこいいこと指で撫でた。すると仕返しにと、潮江は食満の会陰をぐりぐりと刺激する。いつの間にか、食満の下帯は剥ぎ取られている。
はあ、と息を吐いて、食満は額を潮江の肩に充てた。肩口の匂いを嗅ぎながら、食満は左手を動かした。
「おい、嗅ぐな、ばか」
すん、と鼻を鳴らした食満の頭を、潮江は肩から無理矢理剥がした。そして不満気に尖らせた食満の唇を塞いだ。
舌を絡め合ってんぐんぐと唾液を飲み込むと、潮江の指がするする下がってきゅうと窄まった菊座をとんとんと叩いた。ちゅ、といやらしい音を立てて唇が離れ、潮江は伺う様に食満の顔を覗き込んだ。
「ん、最後まですんのか…いいぜ、別に」
ふ、と息をついて、食満が許可をだすと、潮江は投げ出していた荷物の包みから小瓶を出して、中身をつ、と食満の腹の上に垂らした。おそらく油であろう液体は、食満の臍と腹筋のへこみに溜まった。
「準備の良いこって」
ぽそりと呟いて、食満が冷たさにぶるりと震えると、その拍子につうと油が一筋脇腹を伝う。潮江は流れ落ちた油を辿る様にして掬い上げ、臍をくるりと撫で、油を塗り広げる様に指を動かしている。
くすぐったいような微妙な刺激な焦れて、食満は自分の手に油を絡めて自身の陰茎を擦った。そこは先程潮江に施された手淫によって既に固く立ち上がっている。
「ふ、んん…ん」
「涼しげな顔しといて、とんだど助平だよな、お前」
「うるせっ…ん、こっちは自分でするから、お前はさっさとけつの穴弄れってぇ…」
足を立てて股を開き、潮江に自涜を見せ付ける様にしながら食満は尻を揺する。食満が唇をぺろりと舐めたのを機に潮江は覆い被さり、油で濡れた指を菊座に突き立てた。
「は、あ…」
食満は身体を震わせて指を受け入れた。潮江は直腸を掻き回しながら、食満の首筋へ、胸元へめちゃくちゃに吸い付き、自涜をしていた食満の手を片方取って自分の陰茎を握らせた。食満の手は驚いてぴくりと動いたが、直ぐに潮江の意図を理解して握ったものをいやらしく擦りだした。時折、お互いの亀頭を擦り合わせる様にして、くりくりと刺激する。そして亀頭への刺激に弱い潮江がふ、と息を漏らすのを嬉しそうに眺めた。
「もんじろっ…もう、いいから」
指が三本入った辺りで、食満は腰を揺すって先を強請った。潮江が意地悪く笑う。
「もういいのか」
「いい…いいからはやくっ」
食満が切羽詰まって叫ぶ様に言うと潮江は指を引き抜いて、ずくりと陰茎を差し入れた。
「は…あ、あっ」
「ん、ん」
食満の頭は、下に敷いた上着から食み出てしまっていて、頭を振るたびに草に擦れて、細かい傷が頬に出来た。潮江は可哀想に思って(普段平気で顔を殴る癖におかしなことだが)、食満を抱え上げて自分の膝の上に座らせた。
「あぁっ」
急に体制を変えられて痙攣する食満を落ち着かせようと、潮江は頬の傷をべろりと舐める。食満は舌を突き出して潮江の舌に絡めた。唾液を交換して、舌と舌を擦り合わせ、歯列をなぞった。つるつるとした粒を辿って、それを支えている歯肉を愛撫する。
下半身からぐちゃぐちゃと音がして、食満は腰から下がどろどろにとろけてしまった様な気持ちになる。背筋にはひっきりなしに悪寒のような疼きが走り、頭のてっぺんが、かぁっと熱くなって思考が分散する。
食満は潮江の背中に手を回して、黒い肌着をたくし上げて素肌に爪を立てた。短く切り揃えてあるとはいえ、これだけ力を入れればくっきりと傷が残るだろう。痛みに眉をしかめた潮江を見て、食満は満足気に笑う。
散々いじくりまわし合って、二人共余り保ちそうにはなかった。食満は飲み込みきれなくなった唾液を口の端から溢れさせ、犬の様な息をして腰を振っている。潮江の方も同様で、息は乱れ、汗で前髪を貼りつけ、顔をしかめて射精感をやりすごそうとしていた。
「は、あぁ…もんじ、外に」
そう言って身を離そうとした食満を、潮江は無理矢理腰を掴んで引き寄せた。
「留三郎…」
「あっ、あ、あぁっ」
耳元で名前を呼ばれながら、ぐりりと奥の方まで犯され食満は背を反らして射精し、その際にきゅうぅと締まった尻の奥に、潮江もまたたっぷりと精を注ぎこんだ。
食満はふうふうと息をして、身体の奥に感じる熱い液体にぶるりと震えた。ほとばしった食満の精液は自身の肌着に落ちて黒い布地にその濃さを際立たせている。
「ばか、しね」
息苦しさに喘ぎながら、食満は潮江の肩に噛み付いた。口の中には汗の塩辛い味が広がり、生い茂った草と汗と精の匂いが混じった青臭い空気が食満の鼻腔を刺激する。ずるずると勿体を付けて引き抜かれる陰茎に顔をしかめながら、食満は潮江の首筋を嗅いだ。
「見てんじゃねぇ、あほ。最低野郎」
食満は脚を開いてしゃがみ込み、用を足す様な格好で潮江の精を掻き出している。潮江は腕を組んで立ったままそれを見下ろしていて、食満の罵倒を聞こえないふりをしている。食満はため息をついた。
「…倒錯的だな」
食満の白い尻から、長い指を辿って己の精が垂れているのを見ながら、潮江がしみじみと呟く。
「うるせぇ、誰のせいだよ。外に出せって言ったのに」
「中に出されんの好きだろ、ど助平」
「野外でやられると処理に困る」
食満の言葉に、好きなのは否定しないのか、と笑って潮江は竹筒を傾け、手拭を濡らして食満に渡した。食満は立ち上がって、丁寧に内太股を拭い、さらに肌着に飛んだ自分の精液を拭き取った。が、そうそうに諦めて、上着を着れば隠れるか、と呟いて、手早く着物を身に付けてゆく。
潮江は自分の上着を拾い上げ、ぐるりと丸めた。草の汁や二人の精液で汚れたそれを、着て帰る訳にはいかない。そこへ、身仕度を整えた食満がやってきて、潮江の背中を思い切り叩いた。
「いっ」
叩かれた振動が、背中の真新しい爪痕に響いて潮江は声を上げた。恨めしげに食満を見ると、食満は左袖を捲り上げた。
「お前の爪痕は女のせいに出来るが、俺の腕の手形はまさか女だとは言えまい。腰にも掴まれた跡がはっきりと残っていたんだが、伊作に何て言い訳すればいいと思う」
潮江は不機嫌を露にしてちっ、と舌打ちした。
「知るか。伊作が居る癖に俺と寝るのが悪いんだろう」
「少なくとも今日は、お前が戸惑う俺を強引に連れ出して野外で中出ししやがったんだろ。…いい加減伊作に言っちまうかなぁ」
食満は首をこきこき鳴らして、伸びをする。
少し腰を庇いながらもすたすたと歩いていく食満に潮江は苦々しい気持ちを飲み込んで、自分も後を歩き出した。