薬人を殺さず薬師人を殺す


 善法寺は、ふ、と吐息を漏らした。寄りかかった衝立てが背中でぎいぎいと軋み、薬研は投げ出されている。善法寺は視線を自らの下肢に向けた。はだたけた夜着の、割り開かれた脚の付け根で黒い猫っ毛が動いている。
「留」
呼べど食満は顔を上げない。手は畳に附いて、口だけを使って下帯をずらした。随分と器用なことだと善法寺は思う。す、と筋が通り尖った鼻先が陰毛を掻き分け、竿に軽く前歯を立てる。
「留さん、駄目だよ」
横目で薬研から零れた薬草を眺め、善法寺は言った。
「留三郎」
それでも陰毛の中に鼻先を突き入れたままの食満に、善法寺は少しばかりきつい言い方をした。ようやく食満は顔上げた。鋭い男前が捨て犬のようにしゅんとしているのに、善法寺は少しほだされそうになる。
「薬を扱っている時は止めてって言ったでしょう」
そう言って善法寺は畳の上に散らばった粉末を懐紙の上に集め、丸めた。屑入れ行きだ。勿体ないが、薬研に戻す訳にもいかない。畳の目に入り込んだものを取ることは諦めた。どうせ掃除は食満がするのだ。
 食満は不貞腐れて座った。それなら部屋でやるな、と言いたかったのだが、それを言うことで善法寺が部屋に帰って来なくなるのを恐れて口をつぐんだのだ。その代わり、別なことに文句を言う。
「もう十日もしていないじゃないか」
薄い唇をちょっとだけ尖らせた食満は、組んだ脚を落ち着か無さげに揺らしている。善法寺はああもうそんなになるのかと、この十日間の事を思い出した。此処の所、課題やら補習やら委員会やら予期せぬ出来事やらでばたばたと忙しかった善法寺は、もともと十五の男児としては酷く淡白なのも手伝い、そのような要求とは無縁に過ごしていた。が、食満は違ったらしい。善法寺の前でお預けを食らっているその様子はさながら発情した動物で、酷くそわそわとしている。潤んだ瞳はぎらぎらと妖しい熱がこもっていて、じ、と見つめられれば、疼きが善法寺にも移ってくるようであった。先程の、食満のつるりとした鼻先や硬い歯の感触がまざまざとよみがえり、暫く忘れていた欲望が頭をもたげる。
「じゃあ、ちょっと片付けるから待ってて」
「後にしろよ。俺の布団ですりゃあいいんだ」
薬研と散らばっていた薬種を片付けようとする善法寺を、それすらまてないと食満は袖を引いた。まあいいか、と善法寺は流された。衝立てを越えて布団にたどり着けば、食満はたまらないとばかりに唇にむしゃぶりついた。お互いの舌を絡ませ、口腔をねぶり、吸う。甘噛みされた善法寺の唇はじんじんと痺れている。
 食満はもどかしげに夜着を脱いで下穿きを取り去り、善法寺のそれも剥ぎ取った。そして屈んで、既に緩く勃ち上がった善法寺の陰茎をいとおしそうに撫で擦り、頬をよせた。すべすべとした頬の感触に、善法寺は肩を揺らす。つう、と食満の紅い舌が裏筋をなぞり、まんべんなく唾液を擦り付ける。は、と善法寺は息を吐いて、白い指で食満の髪を掻き回した。食満は上目遣いで善法寺を見て、わざと音を立てて唇を離した。唾液が糸をひき、途切れて顎に落ちる。食満は完勃ちになった善法寺のものに右手を添えて扱きながら、唇で陰嚢を食んだ。皺を伸ばすように舌でなぞり、片方ずつ口に含んで転がす。善法寺はああ、と甘い声をあげて仰け反った。
 やがて食満が口の中から陰嚢を解放した時には、善法寺は息も絶え絶えで、上体を支える腕は震えていた。夜着を噛み、ふうふうと息をする善法寺を見た食満は、口の端をいやらしく吊り上げた。そして、ぱかりと開いた唇から覗く、ぬめぬめとした肉色の口腔に亀頭から竿からそっくり迎え入れてしまった。上顎のでこぼことした部分に尿道口を充てるようにして擦り、薄い唇をすぼめて扱く。舌を裏筋にひたりとはりつけて上下させると、善法寺の白く滑らかな太股が痙攣する。善法寺の濃く長い睫毛がふるりと動いたが、口淫に夢中な食満はそれを見ることはない。びくびくと動く善法寺の太股を押さえつけた食満が、ぐぐ、と陰茎を喉奥まで飲み込んだ。頬をへこませて強く吸いながら、激しく頭を動かす。髪が上下左右に跳ねた。
「ああ、留…もうっ」
善法寺は苦しげに擦れた声で叫び、咄嗟に手で食満の頭を押し退けた。食満の口から抜け出した陰茎はびくびくと跳ね、勢いよく精が飛んだ。十日分のものが、半分程は食満の美しい鼻梁に落ち、残りの半分は突き出された舌の上に落ちた。
 食満はまだ震えている陰茎を掌で優しく包んで擦り、最後の一滴まで搾り取る。そうして、指で顔に滴る精液を拭い、口に運ぶ。
「伊作ぅ。すっげぇ濃いよ…」
舌に絡まり喉に引っ掛かるものを必死に嚥下しながら、食満はとろけた表情で呟いた。もぞもぞと擦り合わせた脚の間のものは何もしていないのに反り返って涎を垂らしている。
 食満の媚態に、善法寺の背中にぞくぞくと疼きが走った。堪らず押し倒せば、食満はん、と媚態交じりの吐息を漏らす。善法寺が首筋をべろりと舐め上げただけで、食満の身体は跳ねた。乳頭を片手でぐにぐにと捏ね回し、もう片方を口で強く吸う。ああ、と食満は喘いで、自分で陰茎を擦りたくなるのを堪えて敷布を握った。そんな食満の心境を察しながらも下肢には触れず、善法寺は捏ねていた乳頭を人差し指と親指できゅっと摘み、覗いた先端をちろちろとねぶる。
「伊作、下、下も触って」
堪えきれないと、食満は腰を浮かしてゆらゆらと揺する。善法寺はつつ、と腹のへこみをなぞる。
「留さん、僕としてない間に自分でしたりしたの」
善法寺は食満の黒々とした下生えを掻き回しながら、そのつやつやとこしのある毛をときどき摘んで引く。ちく、と針で差したような痛みに、食満の背中に甘い痺れが走り、震えた。
「…したよ。伊作の事考えて、扱いて射精した」
ふっふっと荒く呼吸をしながら、食満は答える。身体は酷く火照っていて、短いが密集した睫毛が湿っていた。善法寺は食満の瞼に口付けて、てらてらと濡れ光る陰茎に手を這わせた。ああ、と食満は喘いで全身を強張らせる。二三度扱いただけで、食満は浮かせた腰をがくがくと揺すぶり、精を零した。びゅ、びゅ、と数回に分けて勢い良く飛んだ。食満は強烈な快感に、目を閉じて耐えている。声も出なかった。
「早いなぁ。そんなに気持ち良かったんだ、留さん」
「伊作が俺のこと放っておくからだろ」
ぷう、と膨れた食満に、善法寺は嬉しそうに笑い、手に着いた精液を拭って食満の頬を撫でた。うっすらと開かれた食満の瞳は濡れて光っている。善法寺が口付けると、ちろりと舌を出して応える。
 唇が離れると、ふう、と息をついて食満は身を起こした。机の下に置いてある箱を片手で探って、香油の入った竹筒を取り出して投げた。
「ほらよ、続き、してくれるんだろ」
「情緒無いなあ」
善法寺はそれを受け取って、苦笑する。
「なんだよ。優しくしてね、とか言えってか」
「いいね、それ。かわいいから今度やってよ」
「いいのかよ」
ずりずりと布団の中央へ戻ってきた食満は、善法寺の言葉に笑う。そして、覆い被さってきた善法寺の耳たぶを引っ張って口を寄せた。
「優しくなんてするな。酷くしろ」
そしてそのまま善法寺の耳を舐めると、善法寺は一瞬呆けて、ああもう、と頭を掻いた。
「留さんは人を煽るのうますぎ。なんかずるい」
そう言って、善法寺は首筋に噛み付き、出来た歯形の上で舌を遊ばせる。手は下肢に這わし、油を垂らした指で菊座をくるりと撫で、皺を伸ばすように揉む。ん、と食満は息を詰めた。ちゅ、ちゅ、と入り口が指に吸い付いて、早く中へと急かす。くく、と指が入り込み、待ちわびた感覚に食満は熱い吐息を漏らす。ひくひくと尻穴が動いた。
 ぬるぬると油で滑る指が、菊座の縁を擦るのに、食満は悶えた。善法寺の普段は人を癒す為に使われる長い指が、自分の官能を高める為に動いている。それを思うと、食満は何か堪らない気持ちになる。不意に、二本の指が菊座を拡げるようにぐ、と開き、中を覗き込まれると、羞恥と期待に身体が熱くなる。善法寺の息が会陰にかかり、それすら快感に変わった。
「久しぶりだからやっぱり少しきついみたい。でも切れたりはしてないよ」
診察をする時のような妙に淡々とした声色で報告され、それは逆に食満を煽った。冷たい香油が陰茎に垂らされ、それが陰嚢、会陰とを流れ伝って、尻穴まで濡らす。ぐちゃぐちゃと濡れた音が食満の耳を犯し、善法寺の指が感じるところを優しく撫で擦る。丹田の辺りにきゅうきゅうと力が入り、切ない気持ちが食満の胸一杯に広がる。胸を鷲掴まれたような心地がして、涙が零れた。
「伊作…伊作」
泣きたくなんてないのに、食満の意志に反して、涙はぐずぐずと溢れる。背中に手を回してぎゅうとしがみつくと、善法寺はちょっと狼狽したようだ。
「留三郎、どうしたの」
肩をゆっくりと撫で、涙を口で吸って、善法寺は食満を落ち着かせようとする。その優しい動作に、食満の瞳が益々潤んでいく。
「わかんね…けど切ない。気持ち良すぎて、泣ける」
だから早く入れてくれ、と食満が善法寺の髪を撫でれば、善法寺の中の良からぬ部分が、ぞく、と疼いた。善法寺は、食満の泣き顔に酷く興奮した。
 指が抜かれ、く、と押し付けられた肉の感触に食満は震える。早く早くと尻を押し付けるようにすれば、善法寺が眉根を寄せて苦笑した。善法寺は身を屈めて食満の唇を舌で割った。口の中を掻き回されながら陰茎が押し入ってくるのに、食満はぶるぶると痙攣する。背筋にはぞわぞわと悪寒が這い、頭の後ろがか、と熱くなる。やがて全部収まると、唇が離れ、善法寺が深く息を吐いた。
「は…あ」
食満は顔を真赤にして、浅い呼吸を繰り返している。血が逆流したように全身がざわめき、く、と息を詰めた。善法寺がず、ず、と動き出せば、食満はされるがままで、頭が支えを失ったようにぐらぐらと揺れた。ここまで余裕の無い食満というのは酷く珍しいと善法寺は思う。十日の禁欲生活が余程応えたらしい。ぐり、と腰を回して突くと、食満が声にならない悲鳴を上げ、達した。たら、とまるでお漏らしでもしたかのように精液が垂れた。
 食満は薄目を開けて善法寺を見た。ほんの少しの間だが、失神していたようだ。善法寺はまだ達して無いものを抜こうとしている。気を失った相手に射精することをよしと出来ない性格なのだ。食満は慌てて伊作の腕を掴んだ。
「お前、まだいってないくせに、抜くな、ばか」
食満はつっけんどに言い、さらに善法寺の腰を脚でがちりと捕まえ、腰をひねる。
「中で、いけよ」
食満は酷く淫猥な笑みを浮かべて善法寺を見た。布団に肘をついて、腰をぐ、ぐ、と動かす。
「あ、留さん」
善法寺の口から吐息が漏れた。食満は腹筋に力を入れて身を起こし、尻に体重をかけて、善法寺を仰向けに倒した。
「ああっ」
陰茎を差し込まれたまま体制を変えた為、勢いと自分の体重の分だけ深く受け入れた食満は悲鳴を上げた。ぎゅ、と尻穴が締まり、善法寺もうう、と呻く。食満は震える手を善法寺の腹筋について、腰を動かし始めた。
「伊作ぅ、あ、…いい、かよ」
「留さ、あっああ、留の中、気持ちいいよぉ」
部屋に水音が響く。食満の中から零れた香油が善法寺の栗色の淫毛を濡らし、てらてらと光を反射する。善法寺が堪らず腰を浮かせれば、奥を犯された食満は仰け反る。黒い髪がぱさぱさと揺れ、一部は汗で肌に貼りついた。食満は一心不乱に腰を動かし、善法寺を高みへ連れて行こうとする。ぞわぞわと背筋が粟立ち、善法寺の太股の筋肉がぴくぴくと痙攣する。
「あ、留、も…だめ」
「はあ、伊作っ前触って、一緒に」
息も絶え絶えに善法寺が言うと、食満はぎゅう、と下肢に力をこめる。善法寺の手がぎこちなく陰茎を擦れば、食満は濡れた声で善法寺の名を呼んだ。
「伊作、いさ、ああっ」
「留ぇ、あ、いく、いくぅ」
頭の中が真っ白になり、ぷつ、と食満の陰茎が精を噴き上げるのと同時に、善法寺は食満の中にたっぷりと注ぎ入れる。食満の腹筋がひくっと波打って、つ、と汗が落ち、尻穴が痙攣して、最後の一滴まで搾り取ろうとした。衝立ての向こう側で風の悪戯か、丸めた懐紙がかさり、と音を立てた。