四年の夏休みが終わって大分立った頃の事だったと思う。その日はとても良い秋晴れで、前日迄の冷え込みが嘘のようであった。何故そうなったのかは忘れたが、俺は食満先輩と飼育小屋の前で立ち話をしていた。食満先輩は俺より一つ上であったが、一度部屋の戸の立て付けが悪くて見て貰った時以来、何となく気が合って友達のような付き合いをしていた。
 先輩は長い手足を小屋に寄り掛からせ、時折小屋の中から兎が鼻先でつついてくるのを楽しんでいるようだった。暖かな陽気は、俺達からやる気と言うものを著しく奪った。口を開くのも億劫で、会話は途切れがちだった。
「食満先輩、俺今凄く眠いっす。ああ、昼寝してぇなあ。先輩は今何したいですか」
 ふあ、と漏れた欠伸を慌てて噛み殺し、俺は食満先輩を見た。先輩はそうだな、と腕を持ち上げ、左手で作ったわっかの中に、右人差し指を出し入れした。
「これかな」
 俺は一瞬それが理解出来ずにいた。そして、にや、と食満先輩が口の端を持ち上げたので漸く動作の意味するものに気付き、酷く狼狽した。その時の俺はまだ性交と言うものを知識としてしか知らなかった。
 食満先輩の顔は見る人に冷たい印象を与えがちであった。勿論俺は彼が決して冷たい人間などでは無い事を知っていた。彼は面倒見が良く、少しお人好しで、笑うと柔和になった。なのにその時先輩がす、と眼を細めたのを見て、俺は井戸水でよく冷やした指先で背中をなぜられたような心地がした。
「竹谷は女を知らないと見える」くすりと笑って先輩は続けた。
「興味は無いのか」
「有り、ます」
「四年生はもうすぐ房術の実習があったな」楽しげに肩を揺らして先輩は右手を俺の方へ差し出した。
「実習の前に経験しておくと、自慢できるぞ」
 おいで竹谷、と呟いた唇を紅い紅い舌が舐めた。よく知っていた筈の先輩はそこには居なかった。代わりに居るのは何か魔性のものであろうか。
 俺は激しい焦燥感を覚えた。心の臓がぎりぎりと締め付けられ、足元が揺らぐような酩酊感。今ならそれが何なのかはっきりと分かる。欲情だった。俺は震える手を食満先輩のそれに重ねた。


 学園の端、飼育小屋から少し行ったところに雑木林が有る。人の手が入っていない、ぽつんと忘れられたような場所だ。本来は罠の設置等の実習で使う為に植えられたのであろうが、その役割を裏山に取られて久しい。下級生はこの林の存在を知らないのでは無いだろうか。そんな場所に、俺は手を引かれるままに着いて行った。
 暫く歩くと乾いた落ち葉が立てるかさかさという音が不意に止んだ。見れば小さな原っぱに俺達は立っていた。秋だというのに背の短い草が青々と生い茂り、頭上を覆う木が無いため燦々と光が降り注ぐそこは、美しかった。
「光の祭壇みたいだ」思わず口を付いて出た言葉に、先輩はくすりと笑う。
「随分詩的な表現だ。生物委員はロマンチストが多いらしい」先輩はそう言って俺をからかったが、じゃあ儀式だ、と言ってまるで神器でも扱うかのように、恭しく俺の口を吸った。
 先輩は俺の身体を草むらに横たえて、順々に着衣を乱していった。俺はあれよあれよと素裸にされ、上着を脱いだ先輩は、それを俺の下に敷いてくれた。先輩の白い指先が、紅い舌が、俺の身体を縦横無尽に這い回って性感を引き出した。指で脇腹を擽られ、舌先で臍をほじくられ、歯で優しく内腿をはまれた。俺の雄は立ち上がって涎を垂らした。
「凄く立派だ。綺麗に剥けていて、太い」とろけるような声色で囁いて、先輩はそれに頬擦りした。深い夜を思わせる瞳には薄らと水の膜が張っていて、彼も興奮しているのだと言うことを俺に伝えた。
 食満先輩は顔にかかる髪を指で後ろに流して、躊躇せず陰茎を口に含んだ。
「うっ」と俺の口から呻き声が漏れて、びくりと脚が跳ねた。先輩はそれを咎めるように手で軽く俺の腿を押さえる。形の良い薄い唇が醜悪な肉の塊を挟み、頬が奇妙に膨らんでいるのは酷く淫猥な光景で、まるで夢でも見ているかのようだった。
 先輩の吸茎は巧みだった。舌がひたひたと裏筋にへばりつき、窄めた唇で竿を扱かれた。時折強く吸われ、右手で陰嚢を優しく転がされた。経験の無い俺がそれで長く保つ訳も無く、程なくして限界が訪れた。
「せんぱいっ、も、だめっす」と言って、俺は力の入らない手を突っ張って先輩の頭を退けようとしたが、先輩はそんな俺を上目遣いで一瞥した後、ますます強く陰茎に吸い付いた。
「んう、う」
 俺は呆気なく先輩の口に射精して、先輩はそれを飲み込んだ。生白い喉が上下して、息苦しげに開かれた唇から覗く肉色の咥内に、粘っこいものが絡みついているのが、解放したばかりの筈の欲を再び煽った。
 食満先輩はいつの間にか袴も下帯も取り払い、黒い肌着だけの姿になっていた。先輩はおもむろに俺の上にまたがって、俺の股間に臀部をいやらしく擦り付けた。
「な、竹谷。俺も気持ち良くして。竹谷の童貞、俺にちょうだい」逆光になった先輩の、乱れた髪が日に透けて橙色に見えた。長くは無いが密集した睫毛が涙袋に影を落とし、唇がてらてらと濡れているのが蠱惑的だった。
 ず、と腰が落とされて陰茎がぬめぬめと熱い肉に包まれた。今思えばおそらく口淫の最中に何らかの準備を自分でしたのだろうが、その時の俺にはそのような事に気付く余裕は無く、きつく締め付けてくる粘膜の感触に息を詰めるだけであった。
「たけ、や。あ、入ったの、分かるか」先輩は円を書くように腰を捻りながら、かがみ込んで俺の耳へ息を吹き込んだ。そのままぺしょぺしょと舐められて、耳の中で水音が籠もるその感覚に頭がぼんやりした。
 伸ばした手を繋いで、俺は無我夢中で腰を動かした。上体を起こした先輩は、下から突かれて喘ぎ、快楽に顔を緩ませている。
「たけ、あ、はち、はちざえもんっ」先輩は俺の名前を呼んでゆるゆると首を振った。黒い猫っ毛がぱさぱさと揺れ、汗の玉が光を反射して散る。うららかな午後の陽気が場違いな程明るく、二人の結合部を照らしていた。
「はち、きもちいいっ、もっと、もっと擦って」
「せ、んぱいっ」
 先輩の首筋から流れた汗が、肌着の胸の中に入るのを目で追って、俺は手を固く握り締めた。快活、面倒見が良い、親切、男前。今迄先輩に対して持っていた印象が、ぐるぐると頭の中を回る。今目の前に居る食満先輩は、普段見せる姿からは全く想像が出来ない。
「いいっはちの、凄くっいい。中で、引っ掛かって。も、ああっ」先輩の陰茎は何もしていないのに反り返ってさらさらとした液体を零していた。興味をそそられて、繋いで無い方の手で先を撫でれば陰嚢がひくひくとずり上がる。
「ひぎっ、だ、だめだっ、触るな」
「なんで、です、か。気持ちよさそうですよ、ね」
「今触られたら、いくっ、いっちま、ああっ」食満先輩の唇がわなないて、白い内腿が痙攣する。陰茎を包んだ肉も、きゅ、きゅうと扇動し、互いの限界を早める。
「俺も、やば。食満せんぱっ」
「いい、なか、そのまんまで、きてっ」
 う、と息を飲んで俺は先輩の中に注ぎ入れると、一呼吸後に、先輩の陰茎からだらりと黄味がかった精が零れた。色と量からして、暫く抜いて無かったのだろう。まじまじと見つめると、先輩は恥ずかしげに笑って、その笑顔は俺の心の臓を痛い程動揺させるのであった。


 それから一月も立たぬうちに、俺は実習で妓を抱いた。どこもかしこも柔らかい身体を掻き抱いて、濡れた蜜壺に陰茎を刺し入れるのはぬるま湯に浸るような心地良さがあったが、食満先輩との情事で感じた、身を焦がすような快感を与えてくれる事は無かった。
 あんな事があった後でも食満先輩の俺への態度は変わらず、まるで何も無かったかのような態度に俺もあの日の出来事を口にするのが躊躇われた。
 やがて、先輩には付き合っている人が居ると言う話を風の噂で聞いた。俺のような噂に疎い人間ですら気を付けていれば知る事が出来るのだから、かなり有名な話なのだろうと思う。
 つまり俺は遊ばれたのだ、という事に気付くまでそんなに時間はかからなかった。不思議に怒りや悲しみは感じ無かった。ただ、酷く脱力した。ああそういうものなのか、と言うのが正直な感想だった。
 あれから時が立って俺は五年生になり、食満先輩は六年生になった。俺達は相変わらず、友達のように仲の良い先輩後輩である。一つ違うのは、俺は先輩の笑顔を見る度に、焦燥感を覚えるのだった。






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某氏が『報われなくて悩んでるのに感じちゃう可哀想な万年チェリー竹谷(スティック要員)』が好きと言うから書いた。結果、食満がサイテーでとんだ悪女になった。いつもの事ですが。
正直、竹谷フィルターを通せば、食満をどんなにキラキラに書いても怒られないと思ってる。