あの時富松作兵衛は尋常な状態では無かった。尋常な状態であんな事を言うはずはないので、尋常な状態では無かったに違いない。富松のまだ幼い線を描く頬は真赤に染まっていて、彼はそれを隠すように長屋の自室に向かって走った。
富松が委員会の先輩である食満留三郎から、実習が有るからと委員会を頼まれたのは昨日の事であった。すまないと頭を下げる食満に富松は慌てて顔を上げるように言って勿論ですと引き受けた。委員会には癖のある後輩が多いが、仲が良く素直で一生懸命だ。慣れさえすればやりやすい。順調に仕事をこなし、夕飯の時間になったので後輩達を帰して一人で確認作業をしている所に食満がやって来た。
実習から戻った足で顔を出したのだろう。黒い肌着に袴姿で脱いだ上着と頭巾を肩に引っ掛けた食満の首筋はうっすらと汗に湿っていた。
「お疲れ様。あいつらの面倒を任せてしまって悪かったな。みんなちゃんとできてたか」
食満はそう言って、どっこらしょ、と大儀そうに角材の上に腰を下ろした。
「先輩こそ実習、お疲れ様でした。みんなしっかり仕事こなしてましたよ。食満先輩をびっくりさせるんだ、って」
「そうか。じゃあなんかご褒美やらんとな。何にするかな」
でれ、と相好を崩した食満の横に富松も腰掛けた。食満は冷たい顔立ちに似合わず、後輩に何処までも甘い。
「作兵衛はご褒美、何がいい。お前は俺の代わりをやって大変だったろうから、あいつらには内緒で特別に何かやろう。」
「いえ、そんな」
「何ぞ欲しい物は無いのか。食べたい物とか。ああ、そうだ」
不意に食満はぽんと手を叩いた。
「作ももう三年だからな、女に興味が出てくる頃だな」
唐突に出てきた女という単語にぎょっとして、富松は目を白黒させた。
「そういう店に連れてってやるか。俺も初めての時はそうやって先輩に連れられて行ったもんだ」
にやにや笑って肩を叩いてくる食満に、富松は何も言えずに口をぱくぱくさせた。
確かに興味が無い訳ではない。富松も同室の友人が先輩から借りて来たという春画をどきどきしながら見たり、同級生の誰はもう経験したらしい等と噂したりする事だってある。しかし、憧れの先輩の口からそのような事を語られると、どう反応していいのかわからなくなった。
黙り込んでしまった富松を眺めて、食満はまだ少し早かったかな、と頭を掻いた。
「じゃあ酒とかはどうだ。飲んだことあるか」
ん、と顔を覗き込んで食満が聞いてやれば、富松は顔を真赤にしながら何か小さく呟いた。
「なんだ、言ってみろ」
「じゃあ、…を」
恥ずかしさからか潤んだ瞳で富松は食満を見上げた。
「思い出を下さい」
ぱち、と食満は一つ瞬きをして富松を見やる。
「作、お前それ意味分かって言ってるのか」
「…そういう話題を最初に振ってきたのは先輩です」
さ、と目を逸らして、富松は自分の袴の膝を握った。食満はちょっと黙って考えた後、ぽんっと富松の頭に手を乗せた。
「もし本気なのなら消灯時間が過ぎたら俺の部屋に忍んで来い。無理なら来なくてもいいから、よく考えろ」
富松の耳元で囁いて、食満は立ち上がった。そのままぐしゃぐしゃと富松の頭を撫でて、歩いて行ってしまう。富松はぼんやりとその背中を眺め、耳元に感じた吐息を思い出していた。
食満の部屋は知っていた。何度か委員会の関係で訪ねた事があり、その時も緊張したが今程ではなかったと思う。夜着の前を掻き合わせるようにして、富松は息を吐いた。身体は念入りに洗って来たし、心の準備もした。そのはずだったが、いざ部屋の前に立つと戸を引く勇気が出なかった。
おそらく食満は富松が戸の前に居る事に気が付いている。富松は特に気配を消したりはしていなかったし、もし消していたとしても、六年生が富松ごときに気付かないはずなど無かった。もし富松がこのまま自室へ引き返したとしても、食満は何も言わないだろう。そう考えてしまうと、ますます自室に戻る訳にはいかなかった。
初めて食満を見た時、富松は酷薄そうな人という印象を持った。淡白な物言いと鋭く整った顔のせいだろう。しかし委員会を通して、それが間違っていた事を知った。食満は面倒見がよく、他人の尻拭いで遅くまで一人で作業をしている事もよくあった。けれどそれに一言でも愚痴や文句を漏らす事をせず、何でも無い顔をしていた。
富松はそんな食満をかっこいいと思った。自分もあのような人間になりたいと。強烈な憧れだった。その憧れが違う物に変わっていったのはいつ頃の事だったのだろうか。震える手で、富松は戸を引いた。これを逃したらもうこんな機会は訪れないだろう。
部屋の中は薄暗かった。光源は小さな燭台に灯った細い炎だけで、それに骨格標本がちろちろと照らされている様は少し気味が悪い。標本の持ち主である善法寺はおらず、部屋の中には食満が一人蒲団の上に座って居る。
「作兵衛、おいで」
自分の横の蒲団を叩いて、食満は富松を呼んだ。富松が後ろ手に戸を閉めておそるおそる腰を下ろすと、食満はす、と富松の肩を撫でる。
「初めてだろ。いいのか。俺で」
「はい」
富松が緊張に震える口で返事をすると、その唇は食満のそれによって塞がれた。
「作、舌出して」
擦れた声で呟かれて、富松はそろそろと舌を突き出す。食満はそれをちろりと舐め、吸い、軽く歯を立てる。にゅるにゅると食満の舌が口腔を掻き回し、唇を甘噛みされて、どちらのものともつかない唾液が溢れ出る。
口吸いがこんなに気持ちがいいものだなんて富松は知らなかった。これだけで頭がぼうっとするのに、これ以上進んだらどうなってしまうのだろうか。ちゅ、と音を立てて食満の唇が離れ、そのまま富松の鎖骨に落とされる。食満の手が器用に動いて、夜着の帯を解き、下帯も取り去る。
「先輩、俺一人だけ…」
素裸な自分ときっちり着込んだ食満の差が恥ずかしくてぼそぼそと言えば、食満は今まで見たことのない種類の、いやらしいとしか言えない笑みを浮かべて富松の手を自分の帯に持っていった。
「じゃあ、作が脱がして。そう、ゆっくりでいいから」
富松はもたつきながら帯を解いて食満の夜着をはだけさせた。食満は下帯を着けておらず、黒々とした茂みが見て取れた。その中に緩く立ち上がった陰茎が見えて、富松はぶるりと震える。
食満は脱いだ夜着を蒲団の外に投げて、富松に口付け、そのまま唇を滑らして、富松の乳頭を舌先でつついた。
「どうだ、男でも乳で感じるだろ」
思いもよらない場所を吸ったり舐めたりされて、富松は敷布をぎゅっと掴んだ。くすぐったいような心地良さがじわりじわりと背筋を這う。両側をまんべんなく弄り回して、食満は富松の下肢に手を伸ばした。
「ん、よかった。ちゃんと勃ってる」
右手で富松の陰茎をゆるゆると擦りながら、食満は内腿や会陰に唇を落とした。
「なぁ、作。舐めてもいいか」
「えっ、先輩にそんな事…」
「舐めさせて」
かっと顔を赤くして、ぶんぶんと首を降る富松を無視して、食満は陰茎を銜えた。生暖かい粘膜に覆われる感触に、富松は声を上げる。食満の舌がちろちろと先端をねぶり、じゅるじゅると吸い上げる。
「まだ毛は薄いな」
その言葉に、なんと言うか男としての矜恃を傷つけられた気がして、富松はかっと顔に血を昇らせた。食満は少し笑ってそんな富松を見た。
「歳の割りには立派だって。それにさ」
毛が薄いとこっちも舐めやすい、と囁いて、食満は陰嚢に舌を滑らして、まだ未発達なそれを口に含んでしまう。皺を伸ばすように舌のひらで舐め上げて、口の中でころころと転がされ、竿がぴくぴくと跳ねた。
「せんぱっ…」
「ん、一回出そうか」
唇の端を吊り上げて、食満は陰茎を頬張る。激しく頭を上下させ口腔をいっぱいに使って扱けば、富松は呆気なく射精した。
吐精に震える富松の陰茎から最後の一滴まで絞り取って、食満は口を離した。そして涙目で荒く息をしている富松の前で、口に含んだもの両手に出して見せた。
「見てみろよ。作兵衛のいっぱい出たな」
「そっそんなの見せなくていいです」
もはや色々な許容範囲が破裂しそうになって、富松は食満から視線を逸らす。
「だぁめだ、ちゃんと見ろ」
食満に心底楽しそうな声で言われ、富松はそろそろと食満の方を見て、そして固まった。
食満は富松が口の中に出した精液を、自分の尻穴に塗り込んでいた。
「えっ?先輩、何を…」
富松は混乱のあまり情けない声を上げた。男同士の行為でそこを使うという事は知っていた。だから富松は自分のそこを綺麗に洗って来た。自分の方が年下だから、当然自分は受け入れる側だろうと思ったからだ。自分が食満に入れる、という事態を富松は全く想定していなかった。
戸惑う富松をよそに、食満は恍惚とした表情で富松の手を自分の下肢に持っていった。
「指、入れてみ。…どうだ?」
「す、すごく熱いです」
食満のそこは、しっとりと湿っていて富松の指にひたりと絡み付いてくる。ここに入れて擦ればさぞや気持ち良いだろうと思えば、一度解放したはずの欲がじりじりと頭をもたげる。
食満は丸めた掛け布団を腰の下に入れて仰向けになり、おもむろに脚を開いた。解された尻穴はひくついている。
「もう入れていいぞ」
食満は擦れているのに、妙に湿った声で言う。富松は食満の痴態に欲を煽られてぶるりと震えた。いつのまにか陰茎はがちがちに固くなっていて、富松はそれを食満の物欲しげに口を開いている場所へ押し充てる。
「留三郎…先輩っ」
滑って巧くいかず、富松のそれは食満の手を借りてようやく内部への侵入を果たした。ぬ、と濡れた男がして、途方もない快感が富松を襲う。
「せんぱい、これ、すご…」
「は…んっ、あ」
食満の膝裏に手を差し入れて支えながら、富松は細く息を吐く。粘膜にぎゅうぎゅうと包まれる感触に腰が震えた。
「ね、うごいて」
「こう、ですかっ」
「あぁ…ん、そう、いい」
本能のままに腰を動かして中を擦り上げると、食満は普段からは想像出来ないような酷くとろけた表情で淫らに声を上げる。
「あ、せんぱっ…これ、だめですっ…」
富松は強烈な快感で頭が徐々に霞懸かっていくのに、腰だけは止まらずに動いていているのを感じた。
「ん、好きな時に…いっていいから…あ」
食満は自分の陰茎を手で扱いていて、まるで目の前で自慰をされてるような状況が余計に富松の身体熱くさせていた。
「せんぱい、留三郎先輩っ…好きです」
呂律の回らない状態で、富松はうわごとのように呟いた。憧れた相手が自分に揺さ振られて感じ入っている。自分が抱かれるつもりであったことなんて富松は頭から吹っ飛んでいた。自分はこの人がずっと抱きたかったのだと思う。
「作兵衛っ気持ち良い、あっ…あっあっ」
食満は空いてる方の手を富松のそれに重ねてぎゅっと握った。手を繋いで指先を絡めあう。
「せんばいっ、もっ…ああっ」
「作っ…さ、あ、あんっ」
頭の中が白くはぜて、富松は食満の奥に射精し、食満も自分の手へ精を零した。
富松がゆるゆると腰を引くと、繋いだ手を微かに震わせて食満は息を吐いた。抜いた場所からとろりと溢れた物を自分の精が付いた手で恥ずかしそうに隠す食満の、先程までの積極的な態度との差に富松は頭がぼうっとした。自分はこの人を抱いた、という実感が徐々に湧いて来て、富松の胸は熱くなる。
食満は身を起こして富松の陰茎を丁寧に懐紙で拭き、さらに夜着を整えてやる。
「またしたくなったら、俺に言え。都合が良ければしてもいい」
自らも軽く夜着を羽織った食満は廊下に富松を送り出すのに戸の所までやって来て、富松の耳元で呟いた。そして、えっ、と富松が聞き返そうとすると、おやすみ作兵衛、と笑って手を振った。
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最近童貞喰いする食満ばっか書いてる気がする