部屋には男が二人いる。
一人は戸を背にして立ち、もう一人は寝台にだらしなく身を投げ出していた。
立っている男は背が高い。鍛え上げられた肉体をグレーのスーツで包み、白金の髪を後ろへ撫で付けてある。薄いブルーの瞳は細められ、眉間に皺がよっていた。
対照的に、寝転がる男は口元を釣り上げている。白いスラックスに胸元の開いた黒いシャツ、そこかから覗く白い腕は、うっすらと筋肉はついているものの、細い。さらりと額に落ちた髪はもう一人の男より少しだけ色素が薄い。その下の、睫毛に縁取られたアメジストの瞳は、光の具合でタンザナイト、ピンクサファイアと、ころころ色を変える。

「ルッツ」

ルッツと呼ばれた男、ルートヴィヒは、自分を呼んだ男、ギルベルトを見た。
「もう意味も無く俺の所に来んのやめろ」
身を起こして、乱れた髪を掻き上げながらギルベルトが言う。
「何故だ」
「お前はドイツの代表なんだから、そうやってちょくちょく飯作ったり掃除しに来たりして、ウチのハウスキーパーの仕事奪ってる場合じゃねぇだろ。」
だいたい俺は一人が好きなんだよ。と言いながら、ギルベルトは億劫そうにルートヴィヒを見上げる。ギルベルトの、シャツの黒さと襟元から覗く肌の白さのコントラストを見ていられなくて、ルートヴィヒは俯いた。
「なぁルッツ。もう俺を見んのやめな。お前の憧れた、栄光で輝いたドイツ騎士団はもう無いんだ。いや、元々そんなもんは無かった。幼いお前に好かれたくて、俺が作り出した幻想だよ。俺をこれ以上追い詰めないでくれ」
幼子に言い聞かせるように、ギルベルトの口調は優しい。
「お前も、俺を疎むのか」
ルートヴィヒの声が震えていたので、ギルベルトは目を見張った。
そしてその後、慈しむように眼を細めてルートヴィヒを見た。
「ルッツはいつだって俺の一番大切なものだ。俺がお前を疎む事なんて有るはず無いさ。お前が俺を疎む事はあっても。」
「そんなことっ」
反論しようと顔を上げたルートヴィヒはギルベルトのアメジストの瞳が、光の加減か、それとも他の理由か、きゅううとガーネットへ変化していくのを凝視した。

「俺は、お前で、抜いたよ」
言われた事を理解出来ずに呆然としているルートヴィヒに、ギルベルトは射ぬくような視線をむけた。
ギルベルトの指が、手持ちぶさたに空を彷徨った後、自身の顎に充てられ、するすると首筋を辿る。開いた胸元で揃いのペンダントがちりりと揺れた。
「お前が俺を強引に組み敷いて、」
ギルベルトの指は更に下がって行き、立て膝になった脚の間に達した。白いスラックスの上を、指が悪戯に動く。
ルートヴィヒはその光景から眼を離すことが出来ない。
「ルッツのペニスが俺のアナルを擦るところを想像して、扱いた。」
ギルベルトはそこまで言うと、泣きそうな、それでいて困ったような笑顔を浮かべた。自嘲の笑みだった。
「俺はお前から憧れられるような存在じゃねぇよ。お前の片割れとしての仕事はちゃんとやる。でもそれ以外の所では俺に構わないでくれ」
それだけ言うと、ギルベルトは寝台に脚を投げ出した。
ルートヴィヒは最早顔面蒼白といった様相で、ギルベルトの一挙一動を見つめている。
ギルベルトは片眉を上げて口を開いた。
「わかったらさっさと帰れ」
そして出ていく気配がないルートヴィヒに焦れて、それとも、と続けた。
「それとも、俺の妄想を現実にでもしてくれるつもりか」
わざとからかうような口調で話すギルベルトに、ルートヴィヒは頭に血が昇るのを自覚した。
普段冷静と言われているはずが、全く感情のコントロールが利かない。

ルートヴィヒは戸を背に、寝台に向かって歩いた。ぎしり、と音を立てて寝台に乗り上げると、ギルベルトは酷く驚いた様で、喉に引っ掛かったような悲鳴を上げた。
「ギルベルト」
ルートヴィヒはギルベルトの上に覆い被さる様にして、耳元で名を呼んだ。その低い声にギルベルトがびくりと震える。
「さあ、強引に組み敷いてやったが、次はどうすればいい」
「ふざけんなっ」
ギルベルト叫んでルートヴィヒを押し退けようとするが、騎士として戦場を駆けたことが、最早遠い過去である身体ではルートヴィヒを動かすことは出来なかった。
ルートヴィヒはギルベルトの手を押さえつけ、舌を耳にねじ込む。
「ルッツ、やめてくれ」
ルートヴィヒが悲鳴混じりの擦れた声に顔を上げると、ギルベルトは泣いていた。
「俺をおちょくって楽しいかよ」
「ギルベルト」
「俺みたいな最低野郎気持ち悪いだろ。お前のことあんなに小さい頃から知ってんのに欲情するんだぜ」
「ギルベルト、俺も今お前に欲情した」
ギルベルトはぽかんとした顔でルートヴィヒを見上げた。
「確かに俺は今までお前をそういう風に考えたことはない。が、お前から離れるのはいやだ。やっと一緒になったんだ。お前が望む事で、俺が出来る事なら何でもしてやる」
ギルベルトの手が、ルートヴィヒの頬にかかる。
「つまり俺がセックスしたいって言えばすると」
「そうだ」
「馬鹿らしいな。じゃあお前、俺が一緒に死んでくれって言ったら死ぬのかよ」
ルートヴィヒは少し考える様な動作をする。
「理由を聞いて、それが最善の方法なら、そうする」
ギルベルトの眼が見開かれる。
「お前馬鹿だろう」
身を捩りながら、ギルベルトが呆れた声を出す。
「それに、同情でセックスしてもらうのなんか、御免だ」
「同情じゃない」
ルートヴィヒは自分の下から抜け出そうとするギルベルトを捕まえた。
「言っただろう、俺もお前に欲情した、と」
「大馬鹿野郎」
「馬鹿でいいからちょっと静かにしろ」
ルートヴィヒが押さえつけて無理矢理頬にキスを落とすと、辛辣な言葉を吐きながらも、ギルベルトの抵抗小さくなる。
「っていうか俺、童貞に抱かれんのとか恐ろしいんだけど」
「童貞なのは決定事項か」
「だって実際童貞だろ、ルッツ」
諦めたのか、溜息をついてシャツの釦を自分で外しながら、ギルベルトはぺらぺらと喋る。ルートヴィヒはそれを強烈な照れ隠しなのだと、思うことにした。そうでも思わないと、やっていられない。
「ギルベルトはどんな拷問にも耐えられるって言ってたろ。我慢しろ」
「拷問かよ」
「それが嫌なら協力しろ」
ルートヴィヒが引きちぎるようにしながらベルトを外しながらそう言うと、ギルベルトはしょうがねぇな、と笑ってルートヴィヒのネクタイに手をかける。
「俺様が直々に手解きしてやるんだ。ありがたく思えよ」




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あれ?こんなに甘い話にするつもりじゃなかったのにな…
独が普を好き過ぎるせいか。独が甘甘だから、全く。